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ロイヤルホストにおける夏のカレーフェア分析
−平成5年日本達成学会関東大会より−   吉政 巧
平成5年度のロイヤルホストの夏のカレーフェアに関する達成学的見地からの諸考察。5種類のカレーに対するカレー度の分析と、全体的印象についてまとめる。なお、当稿は平成5年度日本達成学会関東大会において発表された内容を、論文として93年11月1日に発表された。

【1.達成(クリア)学概要】 【4.考察】
【2.ロイヤルホストの夏のカレーフェア】 【5.謝辞】
【3.実施結果について】 【6.参考文献】

【達成(クリア)学概要】

 本項は平成5年8月30日、横浜において行われた日本達成学会関東大会において発表された内容の詳細である。
 さて、達成学(Clearics)という学問だが、一般にはまだ馴染みがないかと思われる。そこで、本論に入る前に、達成学について説明をしておきたい。達成学とは森羅万象あらゆるジャンルの複数品目に対して目標を設定し、それを達成する事を目的としている学問である。元は博物学より派生した学問であるが、博物学が‘物(情報)’の収集を主体としているのに対し、より広範囲の、例えば「東海道を歩いて制覇する」といった行為そのものも対象としている。学問のジャンルとしての成立は1983年、アメリカのM.B.ワイラーによって提唱された。ワイラーは「達成学はクリアを目的とした行動科学である」と定義している。また、「クリア自体を目的とし、結果が出た時点で完結する。その行為によって得られた情報は統計学などの他学問に譲る」とも述べている。これは達成学自体が、その性質上、他学問の調査手法の一つにしかすぎないことを示唆している。
 しかしながら、達成学が提唱されてほぼ10年が経過した現在においては、「クリア後、得られたデータの統計処理や分析行為も達成学の要素である(F.レミングス1992)」と変化してきており、その結果、より社会学に近くなったといえるだろう。
 なお、日本には1987年、相模大学の山形孝三郎によって紹介された。紹介するにあたり、‘Clearics’を翻訳する際に達成学としたが、その後、本質を表わしていないとして「クリア学」と呼ぼうとする意見も後にでている。しかしながら、現在においてはまだ達成学という呼び方が主流のようである。
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【ロイヤルホストの夏のカレーフェア】

 夏という季節は、達成学にとっては特別のシーズンである。季節物新製品の数々やバーゲン時期とも重なり、素材には事欠かない状況を生み出しており、フィールドワーク等を行うのに条件の整った時期であるといえよう。さらにお盆等の休暇の時期でもあるため、アマチュアの研究者などにとってはもっともオイシイ季節なのではなかろうか。
 さて、そんな中で今回取り上げる題材は「カレー」。毎年の夏の風物詩、「ロイヤルホストの夏のカレーフェア」である。  汗をかいてすっきりできることといい、まさに夏向きの企画であるといえよう。
 今年で11年目を迎えるこのフェア。今年も世界のカレーでメニューを振わしている。品数は5品目。クリアレベルとしては初心者級といえる。
 さて、夏力レーをクリアするにあたって、データをとるために「カレーの味チャート」を設定した。カレーチャートといえばドイツの料理研究家ダニエル・シュペルハイマーの「美味しいカレーの5項目」が有名であるが、今回はこれを日本人向けに、また、世界のカレーという品目向けに、多少手直しして用いることにした。手直しするにあたり、相模大学の小鳥初音の「東京のカレー店におけるバリエーション調査」(1989)を参考にした。チェック項目についてはtab.1に示すとおりである。各項目はシュペルハイマーの5項目同様、全て5段階に区切って性向分析を行った。
Table.1 ロイホ夏カレー・チェック項目
辛 度 シュペルハイマーの5項目では胡椒辛さと唐辛子の辛さの2つに分けてあるが、辛さの違いはむしろ香辛料の深みとして考えたほうがよいと考えたため、今回は辛さの種類こついてまでは考慮しなかった。
粘 度 日本のカレーはとろみのあるものが多いが、ネイティブなカレーは粘性が低い。この項目は日本化傾向の一つの指標といえるだろう。
香 度 スパイスのききかたについてのランクである。強いほど漢方薬臭くなるので好き嫌いが分かれるところでもある。
酷 度 味の深さのランクである。香度と関連してくる部分もあるとは思うが、あえて分けてみた。
具 度 シュペルハイマーの5項目には入っていないが、これはシュペルハイマーの評価がビーフややチキンなどの具を念頭に置いてあるためである。そこで今回はの項目も評価の対象としたい。なお、ここでの評価基準は具の量ではなく、主に種類を対象にした。
彩 度 この項目もシュペルハイマーの5項目には入っていない。カレーの見た目のイメージを分析した。具の色どりも関係してくると思うが、それは具度にまかせ、こちらは主にルーの色合いを見た。
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【実施結果について】

 今回のカレーフェアで特筆すべき点としては、カレーのつけ合わせが例年と異なる点であろう。前年まではキュウリのピクルス、オニオンピクルス、ラッキョウだったのだが、今年はラッキョウに変わりチャツネとなった。このチャツネ、一般にはあまり耳に馴染みがない。実際はカレーが日本に紹介されたころから、カレーと一緒に日本に入ってきているのだが、現在では福神漬が主流となっているため食卓はおろかカレーハウスでもそうそうお目にかかるチャンスはない。 食べかたを知らない人のために、ロイホで説明のちらしが配られていたので全文を以下にのせておく。
チャツネ(インドではチャツニー):
カレーにはチャツニー(マンゴーを主体にコリアンダー・シナモン・クミン・クローブの香辛料を加えて漬け込んだもの)をつけております。インドより直輸入、ぜひカレーのルーに混ぜてお召し上がりください」
 チャツネの味を説明するならば、見た目には甘いジャムのようであるが、ロに入れるとラッキョウの味が広がるのがわかるだろう。文章で読む限りではゲテモノのようであるが、カレーに混ぜて食すると不思議に味わいが増して楽しめる。今風のカレーフェアはこのチャツネの再評価ができたということが大きな収穫であった。
 カレーそれぞれの評価と性向分析についてはtab.2のとおりである。
Table.2 各カレーの個別評価
パキスタンチキンカレー
(6月29日)
 ルーの色は焦黒茶。具は骨付きトリモモ。スパイスの効き方は5種類のなかで1番である。ただそのせいか舌触りはザラついた感じである。トリモモもよく煮込んであるのか肉が骨からすぐはずれるので見た目より食べやすい。
カシミールビーフカレー
(7月1日)
 ルーの色は濃赤茶。具はポテト、ナス、ニンジン、青唐辛子、牛肉。ルーがまるで水のようにさらさらしているためライスバランスがとりづらい。メニューに辛口書いてあるとおり辛いのだが、ぴりぴりくる唐辛子の辛さだけで味が単調であるため、満足度に欠ける。チャツネが一番あう味。
タヒチアンビーフカレー
(7月3日)
 ルーの色は黄色。具は牛肉。適度に甘くて辛い。名前から推定するとココナッツミルクで味を調整しているのかもしれない。色、酷、香、とろみなどバランスがよく日本人好みの味である。ただ逆に言えばクセがないのでツウには少々物足りないかもしれない。
英国風野菜カレー
(7月7日)
 ルーの色は黄色。具はポテト、ニンジン、インゲン、マッシュルーム、プチオニオン。味はタヒチアンビーフにとても近い。日本人にとっては馴染み深い食べやすい味である。具が野菜だけなのでその分タヒチアンより酷がないようだが、その分色合いで食欲をそそる。
マドラスシュリンプカレー
(7月8日)
 ルーの色は明赤色。具はエビむき身。これもバランス勝負の味である。タヒチアンや英国風より若干辛めにふってある。数値的に見るとごく平均的になつてしまったが、没個性的というわけではない。エビの味がカレーに負けることなく楽しめた。
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【考察】

 今年のロイホの夏カレーを総括してみると、全体的に無難な線でまとめてしまった感が強い。ロイホに限らず、ファミリーレストランのメニューの保守化傾向が最近強まっているのは周知の事実である。これは、ここ数年に渡る不況の波が外食産業に及ぼした悲しい出来事の一つといえよう。しかし、そのような事情があることを承知で言わせてもらえば、もう少しなんとかならなかったのかというのが正直な感想である。
 唯一、パキスタンチキンカレーが異彩を放ってはいるものの、基本的にはとろみと酷のあるマイルドな味が今年の主流となっている。これは日本人の舌には馴染みやすく、確かに旨い。が、どうせ年1回2か月の企画ものである。世界のカレーというからにはもっと意表をついたカレーで舌と脳を驚かせて欲しかった。昨年の色カレーという秀逸な作品群の例もある。次年度は、さらなる精進を期待したい。

Table.3 最終データ

クリアに要した日数:10日(実日数5日)
クリアコスト   :¥5,240−
内訳
パキスタンチキンカレー :¥950−
カシミールビーフカレー :¥1,080−
タヒチアンビーフカレー :¥1,150−
英国風野菜カレー    :¥980−
マドラスシュリンプカレー:¥1,080−

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【謝辞】

 最後に本調査を行うにあたり、協力いただいた小野寺敦夫、野乃山雅人両氏、並びにシュペルハイマーに関する資料を快く貸与いただいた宝田貞治氏に心から感謝の意を表す。
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【参考文献】

「世界料理法大全」(1954)ダニエル・シュペルハイマー
「香辛料の研究」(1963)同上
「東京のカレー店におけるバリエーション調査」(1989)小島初音

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