(監督:黒沢“ドレミファドン!”清)
猟奇的連続殺人事件を追う刑事とパートナーの精神医は、やがて記憶障害の男を見出し、そしてそれぞれが癒される。
ざらついた画面。BGMは、場違いなまでに軽いピアノ、あるいはゴゥーンという重低音のノイズ。不愉快に揺れる手持ちのカメラワーク。たドキュメンタリー的な絵作り。淡々とした語り口。殺人シーンはなんの“タメ”も“ケレン”もなく表現される。インディーズ的あるいはATG的な、乾いた映画である。一般的にはショッキングな内容なのだが、静寂感に満ちた作品だった。ジャンルとしてはサイコスリラーである。パンフなどを見ると、“恐怖”をテーマにしたとあるが、むしろ“不安”が主役だったように思えた。
結局のところ、犯人の犯罪動機は不明のままだし、登場人物のほとんどは死んじゃうし、この話はいったいなんだったのさ、という疑問は全然解消されないのだが、実はそういうきちんとしたお話を提供したかったのではなくて、ダークな雰囲気を味わってください。ということだったのかしらね。
あの駄作「スイートホーム(←嫌いなのだ)」の黒沢作品ということで、心配していたのだが、予想外に面白かった。作品の雰囲気や猟奇連続殺人事件というネタの部分でセブンと比較されてしまう部分がかなりあると思うが、俺はこっちの方がいいかな。
もっとも地味な作品だし、見終わった後イヤ〜な気分になることは必至なので、手放しでお勧めはしない。
でも、実はこの映画、サイコサスペンスではなく、オカルトミステリーはなかろうか? 『cure』という神、あるいは悪霊が取り憑いた男の話。cureの癒しの能力は現実からの解放(つまり死)ということで発現するわけだ。最初に取り憑いていたcureは、刑事によって解放されたのだが、cureは、その力を使う技術を持つに値する者に取り憑いたわけですね。(ちなみに精神科医は取り憑かれることによって世間的に殺人者となることを恐れて自殺するに至ったと思われる)
そう考えると、主人公の妻の殺され方や、ラストのファミレスでウェイトレスが突然ナイフを持って通り過ぎる演出の謎が納得できる。いや〜、どっちにしろ怖い話だねぇ。