(監督:アロノフスキー)
原子蟻現る。
パラノ系天才的数学者がやがて世界の根本原理となる216桁の数字列を見出し、世界の真理に到達するまでの物語。あるいは精神に異常をきたし破滅への道をたどるまでの物語。いずれにせよかなりやばい。
画面づくりのせいもあるのだけれど、かなり沈む話である。神経質で逃げ場がない。アートオブノイズでクラフトワークなBGMはテクノではあるがポップではなく、それがまたダウナーな雰囲気を醸し出している。
惜しい。おもしろいテーマだし、描き方も面白いのではあるが、後半いきなり宗教に突入していってしまったのが、なんとも残念。前半部でユダヤ経典が数字で構成されているくだりからフィボナッチ定数へ至るシークエンスは、まさに理系的脳内冒険として胸踊るところがあったのだが、ロジックの具体的な展開はそこまでで、あとは『彼らはどう動いたか』だけを追い、『なにを見出したか』について明確にすることはなかった。そりゃ確かにマジにそれをやろうとすると、造る側も見る側にもすごい負担にはなるし、映画興行的にはいい選択ではないのだけれど、そういう目一杯理系な映画も観てみたかったんだよ。
とはいっても、これはこれでイケてないということではない。
ハイコントラストのモノクロ映像で表現される理数的世界。それはカフカ的な悪夢にも似ている。リンチばりの悪夢に翻弄され、到達する真理。
ラスト、ついに世界の真理の手前までいった主人公は、みずからの頭にドリルをつきたてることになる。ちょっと唐突で乱暴な印象もあるこのラストだが、これは二つの解釈が出来るのではと思った。
ひとつは「真理に到達した男は、そこにある虚無感、絶望感から真理(=神)とのリンクを自らはずすため、己の脳を破壊した。ゆえにラストではもともと持っていた計算能力もなにもかも失うこととなったが、しかし男はそれを後悔していはいない」というもの。
もうひとつは「真理へ到達するための最後のハードルが、自らの脳を改造することであった。男は真理に向けてとうとう最後のステップを越え、真理(=神)とのリンクを確立するにいたった。世界の真理を手にした男は、涅槃に達し、世界の現象に黄をわずらわされることはなくなった」
どちらの見方が正しいかはわからないが、しかしそこから導きだされる真理は同じであるようにも思う。それはすなわち『人には決して到達してはいけない領域がある』ということだ。