CHART-DATE : (2004/02)
黄昏手紙
(監督:三池 崇史)
おじさん、さびしい心に「シ」はいかが?
理詰めで作ったホラーって感じがした。ここらへんはちょっとなかなかうまく云い表せるかどうか微妙だが、どうすれは怖いかってのを分析して、数値的にピースをあてはめていったというような感じ。だから確かに怖い映画にはなっているんだけれど、それ以上に、なるほどね、っていう感覚が先にきてしまって、「怖いつくりになっている」とは認識しても「怖いな」とは感じない。
例えば、今回の恐怖の根源の取り扱い然り、ショッキングなホラーシーンの配置の仕方然り、良くも悪くも怖い物語をよく勉強してつくったなぁというしあがりで、ストーリーの展開上、必然的に組み上げられていて破綻したところがない。破綻していないから、物語としては実にキレイに成立しているのだが、ホラーというものは基本的に非常識であるべき世界なので、故にどこかつくりものの感じが払拭できていないというかね。あ、今気づいたが、これはつまり最近の実録スタイルのホラーのつくり方ではない、というだけであって、今のオレがなにが怖いと感じるかってことと密接にリンクしているはなしであり、だからけしてこの作品自体がダメであるというわけではないのだ。ということは云っておかねばならないかもしれない。
怖くないもうひとつの理由は、監督三池崇史の特質である、即物的で暴力的で熱病的な絵づくりがそう感じさせるという部分もある。怖さをためない、というか、仮にためてもドンとこない、というか、そういういわゆる恐怖シーンならではの定番的な処理をしてないのが、新鮮ではあるが、正直なところあまり「怖!」って感じにはなりにくかったというところも多分にある。
てなわけで、理詰めの物語だから比較的、展開や犯人が簡単に読めるってのだけれど、そんな中、これはなるほど原作者ならではだなぁ、と思ったのがTV関係の展開で、普通のホラーだと、どうしても極私的な展開になりがちで、そういうレベルでの展開は恐怖が機能せず主人公達は誰にも理解させることなく、孤独な戦いを強いられるという感じになるのが定番であろう。だが、ここにマスコミという存在をけっこう大きくかませることで、第三者的で客観的な視点での検証が行なわれることになり、それでも災厄は訪れる。で、このまま、半信半疑のまま“恐怖”と対峙していかなければならないマスコミや警察、とパーソナルな戦いを続ける主人公達、みたいな複数のストーリーになっていけば、実に新鮮かつ革新的なホラーとなったのでないかと思ったのだが、結局、このマスコミ系エピソードはあっさり終了してしまい、再び個人的な探索劇に戻ってしまったのは実に惜しいところであった。
クライマックスで幽霊が登場するくだりでは、それまでの雰囲気と微妙に異なり、いかにもつくりこみました的な登場(ハリウッドホラー的?)で、オレ的には怖いと云うよりなんかバカバカしさが先にきてしまってひいてしまった。そういう点も分析的だなぁと思うところである。
よく考えると話自体はオチてないんだよね。そもそもの原因となってる少女がどうなったのかが一切ない。それは観客にお任せしますっていうヒキのあるつくりでもなくて、なんか落ち着きが悪いなぁと思った。しかもなんとなく親子のつながりでケリをつけたような気分で、なんかわざとらしいん気分になってしまった。まあいいんだけど。
総体として、ホラー映画のツボ自体はきっちりと押さえているので、普通に楽しむことは出来たわけだが、でもなんか一線を超える見えざる力が働くタイプではなかった。ま、その分、万人向けであるともいえるのだが。
★★★ ☆☆