CHART-DATE : (2004/04)
(監督/脚本:イ・シミョン)
貴様っ! それでも日本人かっ! みたいな?
重厚でストレートなパラレルワールドSF。観る前の予想ではもっとアクション色が強いかと思ったが、意外や、謎の解明的な静の印象強い作品だった。
映画としては、主人公のアイデンティティを、“イルボン”と“コリアン”のどちらにおくのか、また、どちらにあってほしいのかという部分が、そこはかとなく、コリアン視点になっているのだが、それはそもそも韓国映画なのであり、観客層も韓国人がターゲットなのだし、だから当然、そうなることは必然ではある。
しかし、そういうメタ的エクスキューズをはずして考えた場合、パラレルワールドの設定をそのまま受け取ったとするならば、日本国として50年以上も経過し、しかも生を受けて以降、ずっと日本人として生活していた場合、むしろ日本人でありたいし、日本人だ、と思うところもあるのでなかろうか。だから作中で、仲村トオルが語る、「日本人としてのアイデンティティ云々」については、韓国の立場から見れば、放漫的な日本人の発言という印象になる(実際、オレもそう思った)のだが、実は、作中の世界観的には正鵠を得ているのではないか、と思うのだった。
オレの中の少ない知識と推測からすれば、例えば、米国の多くの○○系のアイデンティティや、日本における様々な国からの在日のアイデンティティを考えると、そりゃ「日本人である」と云い切れるだけの強さはないだろうとは思うが、しかし、その逆もまた確信はないのではなかろうか。どちらにもよれないアンビバレンツというか、そんな感じ。もちろん、本当のところはオレが判るような問題ではないのだけど。
原爆による被害を避けようとする歴史改変が“善”といえるのか否かについても難しい問題で、改変することは“悪”というような前提がSFはあったりするのだが、それは改変が私利私欲目的だったりすることが往々にしてあるせいで、多くの罪もない人間達が助かるのでであれば、それは悪ではないのではないか。もちろん一面的な見かたなので、正解はないのは承知している。難しいね。
そんなことを考えながら観ていたわけだが、クライマックスとして、彼と彼女はそれぞれ時間を超えて幸せだったとするような、それだけを結末に持ってくるのは、なんとなくだけれどやはり韓国映画なのだなぁ、と思う。
★★★ ☆☆