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なんちゃって羅漢 人気のないのがちと不気味? 伝統を感じさせる戦いの場 美味そうな小皿。飯持ってこい? ガンガンいってます! 食いも食ったり碗の数 |
時間潰しがてら、五百羅漢で有名な報恩寺と、鬼退治の伝説の巨石で有名な三ツ石神社を見てまわる。盛岡には他にも見どころが多そうだったのだが、今回はこの程度で観光はおしまい。いずれ再訪の時にじっくりと見てやろうと思う。
さて、旅も大詰めである。
戦いの時が来た。この旅、最後の夜には最大の挑戦が待っているのだ。会場は、明治四十年創業、わんこ蕎麦の伝統を守り続ける老舗『東屋本店』である。オレは物心ついてからわんこ蕎麦を食べた記憶がなく、知識でしか知らない。だから今回の挑戦はとても楽しみにしていた。
店はランプ灯る風情ある路地の一角、いかにも歴史を感じさせるたたずまいで我々を待ちかまえている。
「よし!」
気合が全身にみなぎる。
いまだ空腹にはほど遠い条件であるところが圧倒的に不利な条件だった。そんな状況下においてなんでわんこ勝負、すなわち食い放題に挑戦する必要があるのかという根本的な問題は忘れた。手段は目的に優先するものだ。
二階に案内される。コロシアムである。思いのほか客は少ない。8時はまだ宵の口と思っていたのだが、どうやら我々の行った時間はそれでも少々遅かったらしい。
ともあれ、早速注文する。ここには2種類の三千円と四千円のコースがある。三千円の場合は食数をマッチ棒を並べて数えるのだが、四千円の場合は脇に重ねられた碗の数でカウントするのだ。つけあわせのメニューにも差があるらしい。なれば、ここは勢いで空腹感度外視の四千円コースにチャレンジする。
戦いに先立ち、鳥そぼろや海苔、胡麻、大根おろし、ナメコなどの加薬、鮪の山かけなど、それだけで十分飯が食えるじゃん的おかずが並ぶ。ちょっと嬉しい。
ここでみやくんがポツリと一言。
「まだ腹に冷麺残っているんだよね。ここ数日腹の調子も悪いし、ダメかも」
それは全員の心の声でもあったかもしれない。しかし勝負はすでに始まってしまったのだ。
店の姉さんのかけ声とともに碗に蕎麦が注ぎ込まれる。一、二口程度の量なのでハードルは少ない。するすると胃の中に収まっていく。問題は姉さんのつぎ足しの速さだ。
「は、どんどぁん」「まだ、まだぁ」「はどしたぁ」
途切れのない合いの手とともに恐ろしいペースで追加の蕎麦が碗の中に流し込まれる。
まだ口ん中だよ。まだ食ってねぇっつーの。
という泣き言を口に出す間もない。目の前に美味そうな付け合わせが並んでいてもそれに箸をのばす余裕は1秒たりともなかった。
五十杯も過ぎるとだんだんペースも落ちてくる。ここからは自分との、満腹感との戦いだ。
姉さんは、
「無理して体を壊しちゃ元も子もありませんからねぇ」といいはするが、その舌の根も乾かぬうちに
「あと1杯で70杯ですねぇ。どんどんいきましょう」とせかしにかかる。のんびり冷めた調子の口ぶりだがその内容は過激だ。
88杯に達したときには「末広がりですねぇ」であるとか、108杯で「煩悩の数だけ食べましたねぇ」とか、数にちなんだ合いの手も欠かさない。おそらく定番の合いの手なのだろうが、はっきりいって“エンターテインメント”である。もっともそれを聞くころの我々の神経はすべて胃袋に集中しており、十分に会話を堪能できない状態にあったことはまぎれもない事実であった。
結果発表。結局、オレは77杯。キリのいい数字で脱落。ぽんすけは末広がりの88杯。全然食えないかもといっていたにもかかわらず、みやくんはいつの間にやら90杯。そして長丼は大台の121杯。
100杯を超えると達成記録の手形がもらえる。というわけで手形を渡されたその顔は何かを成し遂げた者のみがなしえるそれであったかどうかは、ぐったりと畳に倒れ込んでいたオレには知る由もなかった。
ちなみに向かいの席にカップルがいたのだが、二人とも三桁を軽くクリアしていた。食いきりそうな外見ではなかったのに、そのペースたるや恐るべし。プロなのか。はたまた我々が単に冷麺負けしていたのかも神のみぞ知るといったところだろうか。
わんこ蕎麦の感想だが、結局のところのびた蕎麦ををガンガン胃袋の中におさめていく、はっきりいえば質より量の食いもんであると思った。もとよりそういう主旨の料理なのだから、それも当然の結論だろう。
店から宿へは膨らみきった腹を持て余しつつ逆流の恐怖に脅えつつ(?)の散歩であった。旅も最終日。打ち上げに軽く一杯という気持ちはあれども、体はそれを許しはしない。体の全神経は消化活動に専念していた。なんとも情けないような終わりではあった。
翌日、渋滞を避けるために帰るだけの日だ。とりあえず最後のあがきで朝食にジャジャ麺をいこうと思ってはいたのだが、昨晩の蕎麦が尾を引いており、それ以前に店は祭日休み。これまたさえない終わりかたであった。
これが古代ロマンと伝統芸能と地底探検の旅の真相である。