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生中ジョッキ
北欧のバーにて

 北欧のその国はとても寒く、気温は真夏でも10度を超えない。ましてや冬ともなれば、立っているだけで凍ってくる程で、室内でどんなに暖房を焚いてもマイナスがざら。そんな国でも酒呑みは酒呑みで、雪が降っていようが、吹雪いていようが、呑むときは飲む! という態度でコトにのぞんでいる。
 とはいうものの、寒い国だから、普通の軽いアルコールでは凍ってしまって飲むことができない。だからちょっとやそっとでは凍らない40度や50度、はては純度100%のアルコールが普段のお楽しみなのだ。
 バーに行けばそんなスピリッツのボトルがむきだしで棚に並べてあるが、そのままで十分に冷えており、グラスにつごうものならトロリといい感じになっている。

 さて、そんな国にその男は出張で出かけたのだった。
 重要な商談をいくつかまとめ、どうにか大役を終えることができた彼は、ひとりで祝杯をあげにバーに入った。メニューをみるとずらりとご当地の酒が並んでおり、そしてどれも強い酒なのだった。ところがその男はビール党で、しかもそのときはどうしてもビールを飲みたい気分だったのだ。もちろん、メニューにはビールの文字はなかった。
 男はダメでもともとと「ビールはありますか?」とバーテンに聞いてみる。するとバーテン、一瞬ぎくりとするが、「承知いたしました」と応え、なにやら準備を始めた。厨房の奥から大きな深底のフライパンを取り出すと、火にかける。パンに十分に火が通ると、棚に載っている琥珀色の固まりをノミで適量切り出し、フライパンにごろんと放り込む。途端、あたりにもうもうたる煙がたちこめ、バーの店内は真っ白になる。バーテンは小気味よくフライパンを使い、まんべんなく火を通すと、すでに用意していったジョッキにジャーッと流し込む。
 おもむろに男の前に出したそのジョッキの中には、程良くキンキンに冷えたビールがあった。

That's All Folks


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