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その日は青森市内に宿を予約していた。この日のもうひとつのイベント、“津軽三味線ライブ”が待っていたのだ。チェックインして一休みの後、のんびりと店に向かう。
繁華街からちょっと外れた大きな交差点の角のその店は、一見場末のスナックのようであった。皆いい歳なのにそういう大人の世界に場慣れしていないせいか、4人とも顔を見合わせる。
「どうする?」
が、ここまで来ておいて躊躇うのもバカというもの。えいやとドアを開ける。
店の中に入るといままで見たこともない世界がそこにはあった。
ある意味予想は当たっていた。まぎれもないスナックであった。しかし普通のスナックではなかった。
舞台があり、板の間にテーブルが並ぶ居酒屋空間が広がっていた。そこにさらにカウンターがあり、そしてホステスがいるスナック形態も合わせもっていたのだった。民芸居酒屋風スナックとでもいおうか。実はポピュラーな形態なのかもしれないが、少なくともオレにとっては未経験の世界であった。
一瞬、「うわぁ、やばいか?」とも思ったが、冷静になって考えれば、客層も子ども連れの客や年輩の観光客もいるフランクな雰囲気。ダークでディープなものではない。本当に場慣れしていないというのは恐ろしいものだ。
女将に案内されて席に着く。すでに他の客は食事も終盤にさしかかり、今まさにライブの時間が始まろうとしているところであった。案内されたのは一番前、舞台かぶりつきの席であった。
「一番前にしておいたから」とにっこりいわれた。
到着時間が遅くなるといったから、逆に気をきかせてくれたのだろう。ありがたいことである。しかしこれが後々あのようなことになるとは。
これがライブハウス 格好はカジュアルだが腕は凄い |
席に着くとすぐに演奏が始まった。
と同時に夕食が出てくる。メニューは地の魚をメインとした煮物焼き物とり混ぜた家庭的な郷土料理でとても美味しかったのだが、それをしっかりと味わう余裕は実はなかったのであった。
「演奏が始まると、みんな食べなくなるので料理を先にしているんですよ」と、これまた予約するときにいわれていたのだが、まさにそのとおり。
まずは三味線の師匠らしい親父さんのソロ演奏からである。
力強いパワーに圧倒される。これは舞台がぶりよりのせいもあるかもしれない。
曲はどれもメロディアスというよりは、叩きつけられる音の高低の変化を聴くといった感じである。大きな流れを捉えるのではなく、音の変化を楽しむ感じとでもいおうか。フリージャズに近いテイストで、ただオレはそっちのほうはあまり詳しくないのでその印象が正しいのかどうかはよくわからない。
実のところ、津軽三味線は聴き慣れないと音楽としてのるのが難しい。普段聴くメロディーのわかりやすい音楽ではないからだ。これと同じ経験を数年前バリ島で味わっている。バリのガムラン音楽もまたメロディを聴かせるのではなく音楽ではない。音の大きなうねりのような変化を味あう音楽なのである。津軽三味線とはまったく異なるタイプの音楽ではあるが、違う聴き方をしないといけないという点で共通するものをひしひしと感じた。
目をつむり耳に意識を集中させる。音は鮮明に頭に流れ込んでくる。
面白かったのは、代表的な民謡の聴き比べで、時代とともに弾き方も変化してきているのを、2つのバージョンで演奏してくれたのだ。後期になるにつれて、よりメロディアスにリズミカルかわっていくのだ。洗練されてきたのかもしれないし、あるいは西洋的音律が混ざって誰にでも聴きやすい曲へ変化していったのかもしれない。
可愛くも素晴らしい いたたまれなさの現況(笑) |
いくつかのソロの後、女将が謡う曲や複数の三味線による連奏などが繰り広げられた。これもまた味わい深いものだった。
そんなこんなの1時間。今宵はこんな調子かしらと思っていたら、まだまだ隠し玉が待っていた。
師匠の三味線であ女将の踊りのお弟子さん4人が入ってきた。三味線の連弾と続いて踊りを披露するのである。お弟子さんといっても、まだほんの子どもで、一番上で小学校4年、一番下はまだ1年生くらいだろうか。ようするにショウではなく演奏発表会である。しかしだからといって下手っぴぃなんてことではない。何度も大会に出て賞を取っていると説明があったとおり、これが実に上手い。一番年上の子などは、指先までピッと意識が行き届き、観ていて惚れぼれした。
ま、確かに年少組はそこまで芸として完成してはいないのだが、こちらはこちらでいいのだな。特に一番下の子、人前で踊るのがとにかく嬉し楽しいらしく、ニコニコと笑い顔が止まらない。見ているこちらもつい顔がほころぶのだった。親心ってやつなのか?
そんな中、妙に居心地が悪そうにモジモジしている男がいた。長丼である。
「どうしたよ」と後ろの席のぽんすけがきいても、
「いや、あとで話す」と小さく言葉を返すのみ。
しかし、オレにはわかっていた。彼は目のやり場に困っていたのだ。別にいやらしい意味ではない。舞台と席があまりにも近いせいで、少女たちは舞台の端ギリギリ、つまり彼の目の前1メートルにも満たない場所まで寄ってくる。これじゃ確かに目のやり場に困るのは当然なのだ。そういうオレも長丼の向かいの席、ということはやはり舞台ド真ん前。もっともソデに近い分いくらか逃げ場があったので助かっていたのである。
店を出たとき長丼は、ほっとため息をつき、
「本当にいたたまれない気持ちだったよ」と一言漏らした。
ショーの合間に三味線を触らせてくれる時間があった。舞台で三味線を構えて記念写真というわけだ。オレは記念写真は別に興味はなかったが、三味線には猛烈に興味津々だったので、舞台に向かった。別にがっついたわけではなく、女将が場を盛り上げようと片っ端から参加させているのだ。なので、こちらも気が楽である。もっとも三味線自体は気楽というわけにはいかない。値段を聴けば30万円。それでも安いほうで、師匠の使い込まれた三味線は数百万もするのだという。本当かどうかちょっと眉唾モンではあるが、少なくともそんな安いものではないことだけは確かなようだ。
バチの握り方を教えてもらい、さっそく弾いてみる。とりあえず音は出る。しかしあまりカッコイイ音ではない。弦の上に叩きつけ、そのまま擦るように弾きなさいと教わる。やってみると確かに音色が全然違う。しかしこれはえらく腕が疲れる弾き方だ。
3本の弦のうち、外の2弦はわりとねらい通りに叩けるのだが問題は真ン中で、狙いどおりにバチを落とせない。両サイドで和音を作って、真ン中の弦でメロディを作るのだそうだが、いったいどうやればそういうことができるのか。
「う〜む」と悩むオレを見て、
「右手だけで3年かかるからね」と姉さんは笑いながらいった。
そんなこんなの2時間あまり。ずいぶんと堪能した。というよりも音でお腹一杯状態になっていた。演奏もとりあえず一段落し、客もちらほらと帰り始めた。それと入れ替わるように地元の馴染み客も入り始め、店内はさらにフランクな感じに変わっていった。店の顔がライブハウスからスナックにかわっていくところなのだ。そのままいればさらに面白い展開もあったのかもしれない。けれど、とりあえず一杯いっぱいの4人は、今日は帰ろうかということになった。
女将やホステスに見送られ、店を出る。
ぽんすけが、
「あんなに値段が普通ならもっと飲めばよかったよ」とぽつりといった。
確かに我々はほとんど飲んでいなかった。ビール3本くらいだろうか。オレはまた、昨夜からの徹夜行がこたえて飲む気になってないのかと思っていたのだ。加えて、事前に「ちょっと高くつくからね」と鼻薬を聞かせていた部分もあり、さらにホステスつきのスナックなどにはほとんど縁のない者ばかりだったので、ビビり入っていたというのは確かにあるかもしれない。思い返せばちょっとケチ臭かったかなとも思うが、しかし宿に着いてみればあっさり寝てしまったのだから、疲れていたのも確かなのだろう。
ともあれ、面白い一夜をすごすことができて、オレは満足であった。