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みちのくの駆け足旅  …4

 縄文に想いをつのらせる   

公園案内図
とりあえず広いことがわかる?
大型縦穴住居
縦穴住居というよりはホール
櫓
異形の建物
墓
大人用のお墓
貝塚
縄文時代の夢の島
ジオラマ1
公園内を8分の1(ウソ)
ジオラマ2
発掘風景までジオラマ化
ジオラマ3
人まできちんと(懲りすぎ?)
想像図
縄文人想像図
もらったシール
これが三内丸山のシンボルだ

 2日目の天候は曇天。今日の目的地は日本の歴史観を根底から揺るがすこととなった(?)、日本最大の縄文集落群、三内丸山遺跡である。かなり大きな遺跡公園であるにもかかわらず、場所は青森市街から車でほんの30分もかからない。遊園地や公園の感覚からみてしまうと「よく市街地近くにこれだけの土地を確保できたものだ」と、どうしても思ってしまうのだけれど、それはまったくの考え違いで、はじめに遺跡ありき、そこを公園にしたのだから用地確保もくそもない。だからここは「昔も今も人の暮らしやすい土地というのはあまり変わらない」という事実に感慨を抱くべきなのだろう。

 さて、着いてみればさすがはゴールデンウィーク。すごい人出である。朝早いというのに早くも駐車場はいっぱい。になりつつある。観光バスなども入ってきている。が、入ってみれば、敷地はそれ以上に広く、全然混雑している感じをうけないのが驚きだ。

 まず目に飛び込んでくるのが、この遺跡でもっとも目立つ大型掘立柱建物(以下櫓と呼ぼう)である。6本の太い樹を組んだだけで作られたそれは、そびえ立つという形容が実に相応しく、ただ口を明けて見上げるくらいしかできない。すごい。
 もちろんここにある建造物はすべて復元物である。我々は今までの様々な情報から刷り込まれているため、それらがそういうものだとそのまま受け入れてしまいがちだ。しかし縦穴住居はともかく、その櫓(本当は櫓かどうかも謎なのだ)はあまりにも異形だ。こんな形をしていたのかどうか知る者は誰もいない。3段にわたるテラスが櫓的印象を強めているが、それが実際にあったのかどうかはあくまでも現代人の思いこみでしかない。ここにあるものは推測でのデザインにすぎないのだ。
 案内板には「穴の深さから重さを算出して想定した」と書かれていた。しかし、テラスの部分がなければもっと高いものである可能性もあるだろう。
 などと妄想していたのだが、資料館の中に3人の学者先生がそれぞれ自分の推測する櫓の模型を展示してあって、その中にオレの考えたそのバカみたいに高い想定の櫓があり、かなりがっくりきた。なにしろこちらはボケとして破天荒な発想をしてみただけなのだ。が、結局常識の範疇内だったとは。まだまだ修業不足ということだ。

 しかし、こんな広い敷地内をただ漫然と見てまわるだけではこんなに堪能できなかったかもしれない。そう思わせてくれたのが学芸員(?)の存在だった。なにしろ実に説明上手。それぞれの遺跡の説明やそれにまつわる諸説をわかりやすく説明してくれるのだ。普段から何度も話しているだけではなく、このような遺跡が本当に好きなんだなあと思わせる、そう一言でいえば“愛”を感じる、そんな説明であった。
 実のところ我々はガイドコースに入っていたわけではなく、団体客への説明につかず離れずの小判鮫的レクチャなのだ。どうやら同じ考えの人は我々以外にも多いらしく、行程が進む程に人数はいつのまにか倍以上に膨れあがっていた。
 もちろん団体客以外でも時間ごとにガイドコースが設けられていたのだが、元来そういった他人のスピードでまわるのが好きではなかったため、フリーで見てまわることにした次第。そして後半、それをとても悔やんだというわけだ。
 結局、時間の関係もあって最後までおつきあいはせずに適当に切り上げたのだが、もし時間が許せば始めからきちんと聴き直したいくらいだった。遺跡公園はまだ完成の途中であり、またいつかくるときもあるだろう。そのときはじっくりとガイドの妙技に酔うこととしよう。

 資料室はプレハブ造りの現在進行形型施設ではあったが、ジオラマや生土偶などが見やすくレイアウトされていたり、模型によるわかりやすい説明があったり、ちょっとした縄文時代体験コーナーがあったりと、わりと楽しめた。こちらも完成が楽しみである。

 最後に一番の楽しみ。それはもちろんスーベニア。狙いはもちろんTシャツ、そして最近はじめた手ぬぐいだ。この公園のシンボルともいうべき平面土偶のデザインの出来がよく、かなり期待していたのだ。が、あることはあったがそれ以外にも例の櫓のシルエットを模したTを発見し、どちらを買うべきか真剣に悩むオレ。もちろん両方ゲットしてしまえばいいのはわかっちゃいるのだが、そこは大人の理性、あるいは貧乏性で躊躇してしまう(こんなことで悩む大人はいないという意見は却下する)。
「ああ、どっちかの柄で“手ぬ”であれば簡単なのに」と呟く。ふと、脇を見ると、あぁ、そこには土偶柄のバンダナがあるではないか。手ぬではないがそこは大人の融通をきかせ、即購入決定で一件落着である(そんなことで安堵する大人もいないという意見はもちろん却下する)。
 ところで、販売員のお姉さんの着る渋い草色のベストの胸には刺繍づくりの土偶のワッペンが縫い付けられていた。それを目ざとく見つけた我々。あまりの出来のよさにグッときまくり。
おもわずぽんすけが「そのベストって売ってないですよね」ときく。
「制服ですからねぇ」と店員さんはにっこりと応える。
 まあ、そうだろうと予想はしていたわけで、別に悔しくはなかったのだが、残念な表情は顔に出ていたのだろうか。店員さんは、
「これをどうぞ」と、土偶マークの入ったシールをくれた。おそらく包み紙をとめる化粧シールであろう。しかしマーク入りはマーク入り。値段じゃないのだ。一同、単純に大喜びする。これが本当に大人といえるのか。と今更ながらに思わないでもないが、嬉しいのだからしかたがない。

 天気予報は曇りだった。しかし見上げればいつの間にか雲間から青い空がのぞいていた。時間が押せ押せで予定の消化的にはきびしいが、気分的にはかなりいい感じになってきた。



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