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さて、ここからが問題なのだった。今回の旅で一番のネックであり賭け。つまりこの日だけが宿が決まっていないのだ。
とりあえず当初の予定(希望的観測ともいう)では、ひなびた、味のある温泉宿を見つけだしてゆったりのんびりしようかとも考えていたのだが、遺跡もぬぶたもキリストも、今日見た全てのスポットで時間が押しまくり、せっかくの温泉多発地帯、北東北に来たというのに、ホットスポットまで行くのは無理があることがわかった。では近場でなんとかということで、ガイドブックや道々集めたパンフをひっくりかえし片っ端から電話でチェックする。が、どうもよろしくない。
北東北の温泉は内陸部に集中しており、沿岸部には思いのほか少ない。その数少ない場所でも、満室や高額という壁にはばまれる。一番多いトラップは「宿泊はしていません」というやつで、町おこし村おこしの一環で作った日帰り施設だけは多いのだ。八方ふさがりである。
車内にあきらめムードが漂い出していた。
「もういいじゃん」誰ともなく言い出した。
「温泉にこだわる必要ないよ」
そうと決まれば話は早い。とっとと宿がありそうな場所へ移動開始だ。目指すは八戸市。しかしまだまだ余裕とはいえない。選択肢が広くなっただけで宿を見つけ出さなければならない状況は変わらないのだ。そういえば数年前、近江では宿が見つからず名古屋まで戻った記憶がある。そういうまねだけは避けたい。
とりあえずビジネスホテルならなんとかなるかもしれない。
しかし、
「ビジネスホテルでも、大浴場があるところがいいよなぁ」
なんてへんな要望を言い出したりする。
それってけっこう厳しい条件なんじゃないのかね。と思いつつ、ガイドをめくると驚いたことに、『6階に大浴場あり』なる物件がみつかったのである。しかも料金もことのほか安い。かつ繁華街に程近く夕食も難儀しなさそうである。で、とりあえず電話してみると、
「空いてます」とのこと。さらに「一人で使いますか? 二人で使いますか?」
個室じゃないのか? エキストラベッドをいれるのか? はたまた連れ込み系か? いくつかの疑問符が飛び交いつつ、とりあえず部屋を見て決めることにした。
車内では「ケチってどうする」「パーッと行こうぜ、オレたちゃ大人だよ」と、あまり根拠のない意見もでるが、そうこうするうちにホテルに到着する。
少々くたびれた感じもあるが、ごく普通のビジネスホテルである。が、部屋に案内されてビックリ。確かに2人もありだ。8畳の畳部屋。ようするに昔からの木賃宿風(?)なのだった。考えてみれば、ここは漁港。メインの泊り客はおそらく船員さんたち。久しぶりの陸なら畳の上で寝たいと思うということか。
一同、顔を見合わせる。決定。二人一部屋でこの異質な気分を堪能すべきだ。
チェックインの後、とりあえず夕食に出かける。繁華街までは歩いて15分もかからない。あてはあった。八戸といえば魚である。となれば地元の漁師料理だ。ところがなかなか目当ての店が見つからない。ガイドブックを部屋に置いてきてしまったのが敗因なのだが、延々あの狭い範囲を右往左往して無駄に1時間半も小雨降る中、歩きまわることになろうとは。ようやくたどりついてみれば満席。しかも2軒も。ああ。
しかたがないので、次点の地ビールレストランへ向かう。こちらは入れたはいいが、客が他に1組しかおらず寂しいことおびただしい。不味いわけでも高価いわけでもないのに、やはりまだ寒い季節にビールはないということなのだろうか。こちらもなんとなく寂しい気分になり、早々に店を出る。実は時間をおいて先程入りそびれた店にリトライという野望もあったせいだ。
その気持ちはついに天に届いた。キリストの愛ゆえか。漁師風民芸調のいい感じに枯れた内装にまずホッとする。一息ついて見渡せば、実に嬉しいではないか。酒の在庫も気が利いている。
魚が上手い。名物のウニもまた美味で、こりゃ酒が進む進む。これだよ、オレたちゃこれを求めてたのよ。こちらも他の客が帰ったあとで、もう一組のカップルしか残っていなかったのだが、店の雰囲気が暖かいせいか居心地が悪いなんてことはなかった。しかも女将さんが「山菜のおひたし、失敗しちゃったんだけど、よかったら食べてみて」と出してくれたりもして、もう心は大満足なのであった(ちなみに確かにちょっと苦みが出ていた。でも十分美味しかった)。
今度またこの地に来ることがあれば、今度は最初っからこの店にくる。そう心に誓ったのであった。
ホテルに戻ると11時をまわっていて大浴場は終了時間。もちろんそれであきらめる我々じゃない。こっそり潜り込み大風呂もしっかり堪能した。
結局、今回の予約なし作戦は当初の予定の狂いを補って余りあるいい結末となった。しかし、こんなことだからどんどんアバウトになっていくのだ。