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温泉公園の奥に行くと大きな池がある。源泉でもあるらしい。温泉成分が混じり合い翡翠色のきれいな池だ。たぶん。たぶん、というのは水面をまるまる見ることができないせいだ。なぜなら、湯気であたり一面真っ白だったからである。本当にそれはすごい量の湯気だった。池の温度は正確な数字は忘れてしまったが、100度近かったように記憶している。60度だったかな。100度から相当ずれてるか。
とにかく、尋常でない温度であることは確かだ。池のまわりを一周してはみたものの、結局どの角度からも池の全貌を眺めることは出来なかった。ごく普通の公園の中のもうもうたる水蒸気。異質な、見たこともない風景に、正直、すごいと思った。
で。この池からあふれた湯の水路沿いに足湯場が作られているのだ。すでに先客が何人も足を湯につけてこんでいる。では、こちらもさっそくご相伴に預かることに・・・ ところが、その熱さにあわてて飛び出す羽目にあった。さすが源泉。それが足湯場の真ん中あたりのことで、こりゃいかんとばかりに、あわてて源泉から一番離れた位置まで退散し、再度トライする。今度はなんとか大丈夫。なにも考えずに足をつけていると、足裏から疲れがひょろひょろと溶け出しているようなそんな気持ちよさであった。
ようやくあたりの様子に目をやる余裕が出来たので、きょろきょろしてみると端の方に看板がでている。「水温不穏定請遊客小心」ときた。まったくそのとおり、でも先に教えておいて欲しかった。
足湯で20分くらいダラダラして、次の目的に移動。今回の新北投温泉での一番の目的、公衆浴場「瀧之湯」に向かう。
古色蒼然たる、というと聞こえはいいがようするに古ぼけた古民家な感じの建物である。入口に看板があり、ここが銭湯であることはわかったが、店番がいるようないないような曖昧な雰囲気が漂っており、若干の躊躇をしていると、ジャージ姿のおっちゃんに手招きされる。湯上がりの客かと思っていたおっちゃんは実は店のヒトだった。
料金を払い早速、男湯へ向かう。ドアというものはなく、斜交い板の仕切りをクルリとまわりこむ。
薄暗い室内には、もわんとした湯気のベールに包まれた裸男達の天国があった。
ただひとつの広い(というほどでもないが)風呂空間である。仕切られた脱衣所などはなく、壁の一画に棚が設えてあるだけ。日本の北東北や北海道のひなびきった温泉に見られるタイプだ。
そうかそうかそうきたか。と、内心ワクワクしながらそそくさと服を脱ぎ、体を軽く流し、温泉に浸かる。熱いことは熱いが、耐えられないほどではない。うぐぐと体中から悪いものが抜け出ていくような、そんな気分である。極楽。幸せ。
この温泉は、新北投でも珍しいラジウム泉で、俗に言う青の温泉。青森の玉川温泉と同様である。とものの本に書いてあった。そして相当に効くらしい。そんな擦り込みによるプラシーボ効果も働いているのかもしれないが、体調はすこぶるよろしくなってきている。
まわりを見渡すと。おっさん(おじいやん)ばかりで、若者などはひとりもいやしない。墨を入れたおっさんは浴槽脇で湯桶を枕に昼寝中。出たり入ったりを繰り返すおじいやんは修行者のようでもある。なんて自由なんだろう。みための環境はとっても古くて汚かったが、癒しの効果は絶大であった。
湯船から観察していて気づいたことがある。脱衣用の棚の前に長椅子のような物が置いてあるのだが、これはてっきり湯疲れした人が座る場所だとばかり思っていたのだが、実は、びしょびしょの床で着替えるときに服を濡らさないよう、その上に立って着替えをする、そういう使われ方をしているのだった。これには正直目から鱗がぽろぽろ落ちた。
あまり長居するとバテるといわれていたので、30分程で上がることにした。玄関口で、湯船で話しかけてきたおじいさんが、湯冷ましををしており、ちょっとだけ話をする。この瀧之湯は昔は、日本軍の温泉病院の浴室で、病院が移転した後も温泉だけを残した、とか、昭和天皇が皇太子の頃、ここに訪れて、だからほらそこに碑が残ってるとか、そういう話をのんびりと交わした。
実はこの後、先に書いた露天風呂に行くつもりだったのだが、さすがにもう湯はいいわい。ということで、やめた。